伊予亀岡・菊間・浅海・伊予和気・堀江・三津浜


伊予亀岡駅

伊予亀岡駅  昭和58年7月撮影。

無人化されていた駅であったが、待合室には歴代の駅長の写真が飾られていた。


伊予亀岡駅

拡大スキャンすれば、

額縁に入れられて飾られていた写真が画像からも確認できます。


菊間駅

菊間駅  昭和58年6月撮影。

瓦の町、菊間町の玄関駅であったが、平成の大合併で今治市へ編入。


浅海駅

浅海駅  昭和56年3月撮影。

DF50の撮影では駅員さんにも大変お世話になった駅。

無人化前日にも再訪。


伊予和気駅

伊予和気駅  昭和57年1月撮影。

かつてはこの駅から、井関農機の専用線も存在した。

昭和57年4月16日付・愛媛新聞によれば、昭和46年に新設された井関農機の専用線は、

トラック輸送による貨車出荷の減少により、昭和56年10月に四国総局が廃止を表明した。

昭和50年の貨車出荷実績は5,000両、昭和51年3,700両、昭和52年988両と減少、

昭和56年は5両となり、昭和57年2月19日に最後とみられる1両が北海道に出荷された。

(出荷先駅も記載されていたが、訪問図書館の綴じ方の問題で「辺●」としか読み取れなかった。)


堀江駅

堀江駅  昭和58年6月撮影。

昭和57年6月末日をもって廃止された仁堀航路の連絡駅だった。

後日、箕浦駅と共に貨車の待合室に改築された。


三津浜駅

三津浜駅  昭和58年6月撮影。



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(記憶のDF50)


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