塩入・讃岐財田・坪尻・佃・阿波池田・三縄


塩入駅

塩入駅  昭和57年8月撮影。


讃岐財田駅

讃岐財田駅  昭和57年2月撮影。

駅前には樹齢700年のタブの木がある。

財田町の玄関駅であったが、平成の大合併で三豊市へ編入。

2024年5月、駅舎解体。


坪尻駅

坪尻駅  昭和57年8月撮影。

ご存知、スイッチバックの秘境駅で、現在でも駅周辺はきれいに整地されている。

この駅に初めて遭遇した時は、鮎苦谷川の断崖に掲げられた広告群に驚いたものです。

当時は集落へ向かう道が3本あり、

駅前ホームの反対側(東側)から州津川橋梁方向へ(北側)登る道がメインストリートであった。

まだ通学客も利用していた時代であり、

この道を登れば通勤・通学用の屋根付自転車置き場もあった。

地元の方が原付で下りて来るぐらい整備されていたが、

いつの日か完全に廃道と化している。

「四国路のDF50」24頁の写真はこの道から撮影しました。


佃駅

佃駅  昭和58年3月撮影。

徳島線との分岐駅。


阿波池田駅

阿波池田駅  昭和57年3月撮影。

四国の「へそ」的に位置した池田町も、平成の大合併で三好市となる。

個人的には非常に思い出深い駅の一つである。

地元の四国交通や愛媛方面へ向かう国鉄バス・せとうちバスが乗り入れ、

当時の昼間は、駅前・商店街もそれなりに活気があったと記憶している。

駅ホームの南側は現在も寂しく留置線が残っているが、

駅舎北東側、現在の公園になっている部分にも、

池田通運専用の荷役側線が存在し、

貨物・セメントなどが取り扱われていた。

現在、「へそっこ公園」になっている場所。
(旧池田通運の荷役場)

また、葉タバコの町として栄えた阿波池田には、

かつて専売公社の工場が存在し、高松側・高松方向より入線する専用線もあった。


三縄駅

三縄駅  昭和58年3月撮影。



戻る  次へ

当時の四国の駅舎へ


TOPページへ
(記憶のDF50)


inserted by FC2 system