< 平成26年1月1日〜平成26年5月11日 展示 >
三津浜〜松山を走行する174レ牽引DF50572号機。
昭和55年1月4日 撮影。
年始は殆どの貨物列車が運休となる。
この日は運用があったものの、「ヨ」の4両編成であった。
松山市内にある親戚で宿泊後、
まだまだ一眼レフを手に入れたうれしさも残る頃、
伊予鉄西衣山駅で下車して適当に撮影した一コマ。
< 平成26年5月12日〜平成26年11月1日 展示 >
多度津で並んだ183レ、38号機・273レ、61号機と要検入場前の41号機。
昭和57年8月6日 撮影。
183レ・と273レは定期で顔を揃えるが、
この日は要検入場の41号機も加わった。
「損傷したDF5018」の頁でも記載しているが、
多度津工場では、ほぼ全検の度に機関・主発の載せ替えが行われていた。
この41号機は、昭和56年6月の全検の際に降ろした主機及び主発を、
同年8月、18号機の全検で使用している。
載せ替え調査のきっかけは、手持ちの主発銘板の番号が、
18号機に取り付けられていた事が気になり、
交通科学博物館での調査、および、最近では過去の重要な資料も見つかった。
今後も知られざる新たな発見は、まだまだあるかもしれない。
< 平成26年11月2日〜平成26年12月31日 展示 >
みかん臨対応、重連運用の3167レ牽引、24号機+52号機。
昭和56年12月13日 坂出〜宇多津にて撮影。
坂出〜宇多津の単線区間を走る3167レは、みかん臨対応で重連運用となった。
本務機は前ソ207仕業24号機、次ソ52号機は臨DLA1303−3仕業。
昭和56年度のみかん臨運用は、11月21日から12月27日まで行われ、
それに伴いDF50の運用では、臨DLA1301−1〜3・
臨DLA1302−1〜4・臨DLA1303−1〜3が仕立てられた。
その中で、重連で運転となったのは、(各、高松〜松山、全区間)
12月5・12・19日、臨DLA1301−2 次ソ6182レ、
11月29・12月8・22日 臨DLA1301−3 前ソ177レ、
12月5・12・19日、臨DLA1302−3 次ソ174レ、
11月29・12月8日、臨DLA1302−4 次ソ3167レ、
12月13・15日・22日、臨DLA1303−3 次ソ3167レ、
と、比較的多くあったのだが、撮影できたのは、この13日の一本だけだった。
< 平成27年1月1日〜平成27年2月16日 展示 >
深夜の作業で顔を合わせた、鉄道ホビートレインとDF501号機。
平成26年12月10日 四国鉄道文化館前にて撮影。
四国鉄道文化館北館で、平成26年12月6日(土)〜9日(火)の期間中、
0系新幹線と並べて鉄道ホビートレインを特別展示を実施。
それに伴い、両機の蔵出し・格納作業が深夜に行われた。
鉄道写真とは完全に縁を切りたいので(笑)、
DF50には完全静態化してほしいのだが、
ホビートレインとの入れ替え作業があるというので友人と撮影に出かけた。
どのような搬入作業が行われるのか疑問であったが、
DF50を本線上に引き上げて、3連で押し込むとは想定外でした。
確かに手っ取り早い搬入方法でした。
< 平成27年2月17日〜平成27年3月20日 展示 >
国道32号線の豊永大橋と275レ牽引のDF50。
昭和57年3月21日 土佐岩原〜豊永にて撮影。
土佐岩原と豊永の区間は、DF50の撮影地としては否定された場所であろうか。
それだけに撮影場所を新たに発見する楽しみがあった区間でもある。
豊永大橋は意図的にフレームに収めているが、
豊永大橋をフレームに収めていないバージョンも撮影している。
一見すると、豊永大橋から撮影すると綺麗に撮影できそうだが、
橋と並行に電線があり、全く撮影には向いていなかった。
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記憶のDF50