大田口・土佐穴内・大杉・土佐北川(旧駅・新駅)・角茂谷・繁藤


大田口駅

大田口駅  昭和56年8月撮影。


土佐穴内駅

土佐穴内駅  昭和56年6月撮影。

現在、駅舎は撤去されている。


大杉駅

大杉駅  昭和56年11月撮影。

画像の駅本屋は後日、改築されているが、2004年1月に不審火にて焼失、

現在はさらに新しい駅本屋となっている。


土佐北川駅

土佐北川駅−1  昭和57年8月撮影。

大豊トンネル工事の為、ホームが短くなり、降り口も高知寄りに移動した。

待合室は簡易的なプレハブ小屋。


土佐北川駅

土佐北川駅−2  昭和58年2月撮影。

ホームから工事中の大豊トンネル方向を望む。

切通しの部分のホーム部分は撤去され、降り口は切通し部分の手前にあったと記憶する。

降り口が移動前に待合室があったかどうかは記憶にない。


土佐北川駅 新駅

土佐北川駅 新駅  昭和62年3月撮影。

昭和61年3月、大豊トンネル完成による新線開通で駅も一新された。


土佐北川駅 新駅ホーム

土佐北川駅 新駅ホーム  昭和62年3月撮影。

穴内川の橋上に出来た新しいホーム。


角茂谷駅

角茂谷駅  昭和57年8月撮影。

現在、駅舎は撤去されている。


繁藤駅

繁藤駅  昭和56年3月撮影。

昭和47年7月5日に、集中豪雨による土砂崩壊事故が発生、

DF50牽引の客車列車を呑み込む大惨事となった。

牽引に当っていた45号機は回収不能で、車体・機関を分断し現地処分された。

尚、最近、繁藤事故の被災列車について誤った内容が蔓延している。

明らかにどこかで元となった誤発信があるようだ。



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(記憶のDF50)


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